大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和26年(オ)336号 判決

上告人(被告) 国

被上告人(原告) 価格調整公団

一、主  文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

二、理  由

上告指定代理人石井良三同堀内恒雄同上田明信の上告理由は、後記書面のとおりである。

論旨は、原判決には国税徴収法二条の解釈を誤つた違法があるとし、同条一項及び同法三条の規定を根拠として、国税に優先して取り立てうる債権は、国税の納期限より一年前に設定されたことを公正証書で証明できる質権又は抵当権附債権に限られ、一般の債権はすべて国税の徴収に後くれるのであるから、国税の滞納処分として納税人の債権が差し押えられた場合には、第三債務者は納税人に対する一般の反対債権をもつて被差押債権と相殺することは許されない。もし第三債務者がその反対債権をもつて被差押債権と相殺できるとすれば、一方において第三債務者は、その反対債権について取立があり弁済があつたと同一の利益をうけ、他方被差押債権は消滅するので国税の徴収は不可能になる。国税は滞納者に対するすべての債権に先つて徴収されるのであるから、一般の債権者は被差押債権について国税の有するこの優先徴収権に拘束され、従つて弁済や、相殺等の方法によつてこの優先徴収権を害すような行為をしても、これをもつて国に対抗できないものと解すべきであると主張するのである。

国税の徴収が国家財政の必要から確保されなければならないことは言うまでもないが、その徴収は納税人の財産よりなさるべきであつて、納税人以外の第三者に損害を及ぼさないことを原則とすることも亦当然である。されば国税徴収確保の必要上、その徴収につき納税人以外の第三者に損害を及ぼさゞるを得ないような場合は例外に属し法律に明らかな規定があるときに限られるのであつて、みだりにその場合を拡張すべきものではない。ところで、所論の国税徴収法二条には、国税は総ての他の公課及債権に先ちてこれを徴収すると規定されているだけであり、同法三条は、納税人の財産上に一定の担保権を有する債権者がある場合には、その担保物の価額を限度としてその債権に対しては国税を先取しないと定めているに止る。それゆえ、これらの規定によれば、国は国税を納税人の財産より徴収するに当つて、一般の債権者に優先してこれを取り立て得ることを明らかにしたに過ぎない。従つて、国が国税徴収のために納税人の第三債務者に対する債権を差押えた場合においても、国は差押によつて被差押債権の取立権を取得し、納税人に代つて債権者の立場に立ちその権利を行使し得るだけであり、第三者たる第三債務者の有する相殺権の行使までも制限するものでないと解すべきことを原判決の説示するとおりである。されば、国が滞納処分として納税人の第三債務者に対する債権を差押えた場合に、被差押債権の債務者は、差押前に取得した債権をもつて、差押後においても被差押債権に対して相殺をすることができ、相殺の限度で国に対し被差押債権の消滅を主張することができるとした原判示は正当であつて本件上告は理由がない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い裁判官全員の一致した意見により主文のとおり判決する。

(裁判官 井上登 島保 河村又介 小林俊三 本村善太郎)

上告人指定代理人石井良三、同堀内恒雄、同上田明信の上告理由原判決には、国税徴収法第二条の解釈を誤つた違法がある。

原判決は、国税徴収法第二条は、滞納処分として債権が差し押えられた場合にも、被差押債権の債務者が反対債権をもつてする相殺の効力を特に制限する趣旨を含むものではないと判示したが、上告人は、原判決のこの判断は法令の解釈をあやまつたものと考える。

国税徴収法第二条第一項は、「国税並其ノ督促手数料及滞納処分費ハ総テノ他ノ公課(省略)及債権ニ先チテ之ヲ徴収ス」と定め、同法第三条は、「納税人ノ財産上ニ質権又ハ抵当権ヲ有スル者其ノ質権又ハ抵当権ノ設定カ国税ノ納期限ヨリ一箇年前ニ在ルコルヲ公正証書ヲ以テ証明シタルトキハ該物件ノ価額ヲ限トシ其ノ債権ニ対シテハ国税ヲ先取セサルモノトス」と規定している。従つて国税(督促手数料及び滞納処分費を含む。以下同じ。)に優先して取り立てうる債権は、納期限より一年前に設定されたことを公正証書で証明できる質権又は抵当権附債権に限られ、一般の債権はすべて国税の徴収に後くれるのである。従つてまた滞納処分として滞納者の債権が差し押えられた場合には、第三債務者は滞納者に対する一般の反対債権をもつて被差押債権と相殺することは許されないものといわなければならない。第三債務者が滞納者に対して有する一般の債権を自働債権とし、滞納者が第三債務者に対して有する被差押債権を受働債権とする相殺を許せば、一般の債権が国税に先取することになり、国税徴収法第二条、第三条に違反する結果になるからである。

原審は、この点についてその然らざる所以を力説しておられるので、以下判示に対する上告人の見解を述べる。

原審は、いわゆる相殺権は債権の効力たる一面をもつが、その核心は債務者の抗弁権たる点にあり、通常の債権の効力と一律に取り扱うに適しない性格をもつものであるから、国税徴収法第二条の「債権に先だつ」の一語をもつてその効力を全く否定し去つたものと考えることは困難である。国税徴収法は、破産法におけると異り、相殺権を債権の効力としてとらえて規定するという立場をとつているとは考えられないから、第三債務者は差押後も債務者の権利として相殺することができると説かれる。なるほど相殺権が債務者の権利であることは疑ない。問題は、相殺権という債務者の権利の実体が何であるか、相殺権行使の効果如何という点にあるように思われる。もともと債権と債務は同一法律関係の表と裏にすぎない。相殺権を債権の効力としてとらえるか、債務者の権利としてとらえるかは法技術の問題であつて、単なる観点の相違にすぎない。現に民法第五百八条は、「時効ニ因リテ消滅シタル債権カ其消滅以前ニ相殺ニ適シタル場合ニ於テハ其債権者ハ相殺ヲ為スコトヲ得」と定め、相殺権を債権の効力としてとらえている。相殺があれば、債務の面からみれば、債務が消滅し、債権の面からみれば取立があり、弁済があつたと同一の結果になる。実体は同一で、あらわれ方がちがうだけの話である。ところで国税徴収法第二条は、国税の徴収を確保するために国税に優先徴収権を与えた規定である。もし原審のいうように、第三債務者がその反対債権をもつて被差押債権と相殺できるとすれば、一方において第三債務者はその反対債権について取立があり、弁済があつたと同一の利益をうけ、他方被差押債権は消滅するので、国税の徴収は不可能になる。これは明らかに国税徴収法第二条に反する。同条は国税に優先徴収権を与えた規定なのであるから、同条との関係においては、第三債務者の相殺権もいわゆる債権の効力の面においてとらえらるべきものであることは当然の事理に属するところであろうと思う。実際上も滞納処分後に行われる相殺は、債務者が破産した場合と同様に、第三債務者が自己の有する反対債権を利用して、債務の支払を免がれることを主たる目的として行われるものであるから、益々もつて然りというべきではあるまいか。

また原審は、差押によつて国は被差押債権の取立権を取得し、滞納者と第三債務者間の債権関係に取立権者として割り込むが、差押があつたからといつて第三債務者の債務の性質乃至態容がかわるわけではないから、第三債務者の本案の立場は十分に尊重さるべきものである。なお、国税の徴収は、私法秩序とも適当な調和を保つて行わるべきものであるから、滞納処分による債権差押の場合にも国は滞納者に代つて債権者の立場に立つことで満足すべきものであり、債務者の権利たる相殺権の行使を制限してまで国税の徴収を強行するほど権力的な立場に立つているものではないと解するのが相当であると説かれる。滞納処分による債権の差押によつて、国は滞納者が第三債務者に対して有する私法上の債権を滞納者に代つて取り立てるにすぎないものであることは、原審のいうとおりであるが、その取立についても国税徴収法第二条の国税優先の原則が働く。滞納処分による債権の差押は、これを実質的にみれば、特定の債権を国税徴収の引当にするための処分なのである。差し押えられた債権は、差押によつて国税の徴収にあてらるべき債権として特定され、一方国税は滞納者に対するすべての債権に先つて徴収されるのであるから、一般の債権者は被差押債権について国税の有するこの優先徴収権に拘束され、従つて弁済や相殺等の方法によつて、この優先徴収権を害するような行為をしても、これをもつて国に対抗できないものと解すべきものではあるまいか。こうした見解は、余りにも権力的なものとして原審の排斥するところではあるが、国税の徴収は、本来もつと権力的な作用なのである。

原判決は、要するに滞納処分として債権が差し押えられた場合にも民法第五百十一条を適用又は類推して、第三債務者は差押前に取得した債権により相殺をもつて国に対抗することができるとするものである。しかしながら本来、民法第五百十一条は、私法上の請求権を債務名義として差押命令が発せられたる場合における差押債権者と第三債務者間の私法上の権利関係を調整するために設けられた規定である。従つてその適用範囲は、あくまでも私法上の権利関係に限らるべきものであつて、公法上の権利関係が介入した場合にまで適用乃至類推さるべきものではない。ことに差押債権が国税徴収権であり、国税徴収のために特定の債権が差し押えられた場合にまで拡張することは明らかに国税優先の原則に牴触する。

上告人は、原判決に対して十分の敬意を表するものであるが、右に述べたような理由から、にわかに承服できかねる点が多い。遺憾ながら最近、滞納処分として債権の差押が行われる場合が増え、民法第五百十一条の適否をめぐる争がしばしば起る。従来、被差押債権の債務者は、差押前に取得した債権を以てしても、国に対して相殺をもつて対抗できないという古い下級裁判所の判決例(長崎控訴院、大正四年六月二十六日判決。)もあつて、これが徴税の実務上の指針となつていたようである。従つてこの問題について最高裁判所の終局的な御判断を求めておくことは、将来の徴税については勿論のこと、ひいては一般の取引界にとつても極めて必要なことと思われるので、第一審判決に対し敢て飛躍上告をした次第である。速やかに適正な御裁断を得たい。

以上

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